ブラバン

ブラバン (新潮文庫)

ブラバン (新潮文庫)

癖球の多い津原作品の中で、最も幅広い読者から受け入れられている(売れてる?)作品。1980年頃の広島の某高校の吹奏楽部が40年度に再集結! というあらすじから、昔はよかったのぅという懐古趣味や、これからもまだ頑張ろうかいのぅという安直な現実肯定だのといった、「泣ける」話を想定してしまった。が、そんなぬるさは毛頭ない。津原作品の濃厚な文体ではないが、非常に率直な形で苦い味わいが前面に押し出されている。
過去を回想する「青春」パートと、今の「現実」パートから物語が構成されているものの、この二つの区切が明確になっているわけではない(という意味で、読みにくいと感じる読者もいるのだろうけれど)。ここには「今振り返る過去」の形が反映されているわけで、回想パートの時間の流れもかなり自由自在に飛びまわる。昔の思い出といったものが、正体のつかめないものとして全力で読者を振り回すような、なかなかに素敵な叙述スタイルだ。
とはいえ、高校時代が美しくときめいた時間というわけではなく、回想のなかで美化されているわけでもなく、ましてや振り返ろうとする現実も決して美しくない。過去の複雑でドロドロとした複雑な人間関係あり、今では事故で腕を失ったものや亡くなったものもいる。金銭的なトラブルで失踪中のものもいる。徹頭徹尾ほろ苦く、いやかなり苦々しい世界が、天性のとぼけたユーモア感覚と音楽に対する崇高的なまでの情熱とで描かれていく。
ウン十人にも及ぶ登場人物がいるにも関わらず、それがチョイ役でも死にキャラになっていないところも特筆すべきところだ。「通称、かに道楽」とか「お洒落すぎてお洒落にみえない」とか珍キャラばかりだが、一人一人の個性も無理なく際立っている。何気に凄い。
音楽もクラシックに限らず、ロックやジャズ、童謡と多岐にわたって出てくるが、元ネタを知らずとも充分に楽しめる(たぶん)。なかなかにビターな青春小説であり、音楽賛歌を謳いあげた傑作。

人はなぜ音楽を奏でるのか。僕はいま自分なりの答に至ろうとしている。

これを読みながら思い出したのだが、実は津原泰水との最初の出会いは小説でなくて、幻想文学誌の「音楽+幻想+文学」特集だった。そこで津原泰水ジャコ・パストリアスの“Word of Mouth”を紹介しているのだが、『ブラバン』の最後の章題になっている“Three Views of a Secret”がこのアルバムに収録されている。いや、この曲に愛着が強いだけに、迂闊にも涙が出てまいました。