名短篇、ここにあり

名短篇、ここにあり (ちくま文庫)

名短篇、ここにあり (ちくま文庫)

北村薫『自分だけの一冊』(新潮新書)が素晴らしかったので、そのノリで北村(&宮部)アンソロジーを読む。小説に限らず、ナイスなエッセイや絵本、詩を世界各国から集めてみせる新潮文庫の北村アンソロジーに比べると、ちょっとセレクトが真っ当に感じてしまい物足りない。まあ、真っ当ながら素敵な小品が多くて充分楽しく読めたのですが。
主に講談社文芸文庫系の日本文学(円地文子とか黒井千次とか)とジャンルに関係なく色々な作品を書いた作家(松本清張とか小松左京とか戸板康二とか)がバランスよく配置されている。
ベストは吉村昭「少女架刑」。死体一人称で、少女が体中をばらされ、荼毘にふされるまでを描いた強烈な傑作。解剖医の好奇に満ちた視線に不快を感じながらも、徹底的に突き放したような視線を保っているのが特徴的。
魂は脳に宿るか心臓に宿るか……などという素朴な質問を掲げるつもりはないが、死体一人称がどこまで引っ張られるのかを考えると、げに恐ろしきものなり……なんせ全身を焼かれて骨になってなお、物語が継続するのだから。
ラストで、骨壺が納骨堂に安置されるのだが、周りで骨が崩れる「ぎしッ、ぎしッ、ぎしッ」と音が木霊している。こんな生の終わりと悲しみを、ここまで透徹して描けるのか、と感服いたしました。
あと黒井千次「冷たい仕事」も良い。冷蔵庫の霜取り作業に熱中する、いい歳したおっさんが二人……というだけの話。こんななんてことのない風景が天にも昇るような心地でもって描かれていて、不思議と気分が昂揚してくるから不思議だ。
あとは「めぞん一刻」ばりのアパートで宇宙人とのとぼけた会話をかわす半村良「となりの宇宙人」、世界的な詩歌文学賞を受賞した詩人の誤訳騒動という事態の大きさとオチの普通さにほっこりさせられる松本清張「誤訳」、即身成仏した木乃伊の生前を勝手に推測でっちあげして盛り上がる井上靖「考える人」なんかも良い。
初読作家があまり多くないのが残念だが、知らない作家を何人か教えてもらいました。これぞアンソロジーの愉しみ。全体的に「すごいいい!」作品よりも、「ちょっといいね」といった秀作が多い。

読んでいて楽しかったですよね。