九時から五時までの男

九時から五時までの男 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

九時から五時までの男 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

本作所収の「ブレシットン計画」「伜の質問」に比べたら、「華麗な技巧の名品「決断の時」でさえ色あせてみえる。「特別料理」などというのはアホみたいなものである」(by瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』)。そこまで言わないでも(笑)とは思ったが、本作を読むとあっさり納得。短篇集の『特別料理』自体ちょっと過大評価されすぎだと思うこともあり、こっちのが遥かにオススメ。

いや〜な話というと、陰鬱で重たくて悪意や狂気をどろどろ書き込むのが真っ当な作品だろうか。一方のエリンはというと、瀬戸川猛資も指摘するように狂気でなく、人間の理性を描こうとする。そして、悪意よりも、むしろ人間の善意にすがろうとするところさえある。
高齢化社会の解決法で商売する「ブレシットン計画」はオチがスマート故に、今読むとオチは容易によめる。が、それは正直どうでもよいことで、悪意すら感じられる物語が全て善意を強調するようにして描かれるところに恐ろしさがある。正直は美徳なんて上っ面の言葉は、どこかに消し飛んでしまう。
電気椅子係」の死刑執行人が跡継ぎを息子に託そうとする「伜の質問」も、「ブレシットン計画」と同じくラストはある問答によって物語が締めくくられる。どちらも人間が内に隠そうとする、あまりに真っ当な正気を、一足飛びに描き出してしまう凄みが感じられる。素晴らしい。
惜しむらくは、巻頭と巻末に置かれたこの二編が素晴らしすぎて、間の短篇群がかなり落ちるように感じてしまうことか。まあ、全体的にレベルが高く、ニューロティックなものからバカ話まで話も多岐に渡るので、読んでいて飽きることはない。

トリードウェル氏の喉元の緊迫感が、奇跡のようにとれ、心臓をとりまいていた悪寒は消え去った。