帝都最後の恋

帝都最後の恋―占いのための手引き書 (東欧の想像力)

帝都最後の恋―占いのための手引き書 (東欧の想像力)

セルビアの作家。言語や文化的な壁も当然あろうが、実験的な……というか単におかしな本を書くのが好きな作家らしく、今後パヴィチが訳されることはないのではないかと嫌なことを考えてしまう。まあ、『ハザール事典』(の女性版だけ)と『風の裏側』を積んでいるので、既訳作品はとりあえず全部読めそうか。
ナポレオン戦争時代に、ナポレオン側とオーストリア側とで戦うセルビア人三家族の動乱と遍歴が描かれる。この作品がタロットの大アルカナ22枚をモチーフにしてあり、ページ順に読むでもよいし、占いの結果に応じて該当する賞を読み進めてもよいのがミソ。読者に自由が与えられた作品。見方によってはタロット占いの形式を内包した小説とも、小説の形式を利用したタロット占いの本ともいえるかもしれない。
詳細な訳注があるとはいえ、上手く読み進められないところは多い、そしてそれが本作の魅力でもある。一つに「ポガチャ」「パプラ」といった言葉(どちらも食べ物)を上手くイメージしにくいことがあるが、あまり気になるものではない。むしろその不思議な語感が面白い。もう一方に、登場人物たちの語りと比喩が神話的な暗示を思わせるようになっている。あまりに持って回った言い回しで、何か意味があるのかないのか不明だが寓するものはあるのだろう、と思わせておいて全く意味がないような感じが楽しい。引用先が自分の詩なのかセルビアの古典文学なのか、色々と訳者の苦労もしのばれるというものか。「剣を呑めば日食も呑む曲芸師」なんて紹介の仕方も誠に愉快だ。
比喩に限らず示唆的な文章が多いが、タロットで遊んで読む際にあちこちに暗合を生み出すためのものだろうか。まだ少ししかタロットで遊んでいないので掴みきれていないが、まあ完全に把握できるものでもないだろう。ある人物が既に二度死に、三度目の最後の死が運命的に約束されており、そこへと物語は収束していくわけだが、その運命に直接に介入し偶然的な操作を施すのが読者の役目なのだろうか。

「永遠のために充分な時間など、あったためしがない」