三つの小さな王国

三つの小さな王国 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

三つの小さな王国 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

本、CD、DVD、これらはもはや生活と切っても切りはなせないものなので、コレクションは言いがたい。単なる箱、高価で美麗な万華鏡、謎の陶器、まあしょうもない小物のコレクションが増え続ける日常。特に目的や深い意義があるわけでもなく、些細な非日常を覗き込む楽しみ。そういった小さな小さな魅力がミルハウザーの世界には詰まっている。
別に読者の意表をつくような意外な展開があるわけではない、ドラマティックで大胆な物語性が備わっているわけでもない。三っつの中短篇が収められた本作の基調となるのは、妬やいがみ合いといった四人の人間関係のなかで、個人の心の底で大事にされる「小さな王国」が如何に変化していくか。物語自体は愚直なまでにオーソドックス、しかし長い物語の歴史を生きてきた究極のシンプルな型でもある。
細部に異常なこだわりを見せる漫画・アニメーション家、中世のとある王国での王と王妃との確執、20世紀初頭のアメリカで呪われた人生に見舞われた画家、世間離れした場所で「小さな王国」は崇高なまでに美しさが昇華されている。
大局的な見地から人間関係の変化を眺める視点、その一方でミルハウザーは漫画、王国、絵画の細部細部へと深く分け入る顕微鏡のような視点が備わっている。単調なまでのオーソドックスな物語と世界を、その微細な視点たちが徐々に埋めていく。あるモノには形容詞をごてごて付加すればよいというものではない、しかしミルハウザー世界のモノはディテール細かく変容を続けることで、作品全体が輝き始める。そして、細部を埋めるセンチメンタルな描写が、いつしか壮大な伽藍をさえ築いてしまう。
「展覧会のカタログ―エドマンド・ムーラッシュ(1810〜46)の芸術」なんてタイトルのままに、絵の一点一点に解説を加えるカタログと物語を押し進める伝記小説的な形式とをあわせもった作品。ユニークだね。ただ、個人的には中篇サイズよりも、文字通りに「小さな」サイズの作品のが好みかなとは思ったが。

大きくなるにつれて、私たちの心は世間の雑事と来世の約束とに向けられるようになる。とはいえ、子供のころの物語が完全に消え去るわけではない。やがて私たちは、なぜそうするのかもわからぬまま、それらを子供たちに伝える。