黒い時計の旅

黒い時計の旅 (白水uブックス)

黒い時計の旅 (白水uブックス)

楕円状の「歪み真珠」を意味するバロックだが、ここに様々なイメージを当てることが出来る。中心が一つとなる円と異なり、中心が分裂した状態……歴史に照らし合わせれば、ヨーロッパ中心だったものが新大陸と旧大陸との極に分断する。また、そういった過剰な世の中に対する情熱的なものといった意味合いもある。
とまあ幾らでも言葉を引き出せるが、こういった点に着目するなら『黒い時計の旅』こそ、まさにバロック的な想像力に支えられた作品だ。この作品を第二次大戦にドイツが負けず、いまだヒトラーが死んでいないという歴史改変小説、と思って読むと痛い目をみる。ヒトラーを中心に綺麗に物語が展開するわけではないからだ。また、ヒトラーのための私設ポルノグラファーのバニング・ジェーンライト視点で語られるが、そこに中心をおくのも厄介だ。この作品は様々な点によって引き裂かれている。
ドイツとアメリカ、ヒトラーと彼が妄執する女性のゲリ、バニングと物語を通して交錯する女性のデーニア、そして現実の二十世紀と作中の「二十世紀」。様々な位相で物語はウロボロス的に食い合い、ねじれあっている。物語の核を捉えようと、読者がどこかの中心に視点を据えようとすると、途端に頭が混乱するだろう。そもそもどこかに視点を据えずに読むことが可能なのかという疑問もあるが、むしろこの混乱をこそ素直に楽しむのが良い楽しみ方でもある。
かつては「北米マジック・リアリズム」と呼ばれてもいたようだが、この夢幻的な光景によって幾つもの時間が異化される。この強引に引き裂かれた異貌の「二十世紀」像からディック的な想像力を感じ、また古川日出男が『聖家族』において多少念頭にあったものとも思われる。
なんともスケール大きくねじれにねじれた作品ではあるが、その根っこにあるのは常に「男と女」。愛を求め愛に狂い、歴史と時間を食い合うように物語を強姦しあうウロボロスで、ただただ目くるめく読書。

二十世紀はな、自分が過去と未来を貪り食ってしまったことにも挫けなかったんだ。時間と歴史と運命が善を人質にしてしまうなんて、それには信じられなかったんだよ。いいかい、あんたと俺とで」と私は言う。「友だち同士、あんたと俺とでその二十世紀を見つけにいくんだよ」