余白の愛

余白の愛 (中公文庫)

余白の愛 (中公文庫)

なんとなく疲れていたので、夜ウィスキーを飲みながら読む。疲れているときに読む本、というニュアンスはちょっとイヤだが、小川洋子の独特の静かでゆるい感じは心地よい。
「わたし」は耳鳴りという経験によって落ち込んだ非日常のなかで、記憶を淡々と描き取る速記者のYに出会う。その美しい指に惹かれた「わたし」の耳と溶け合うようにして、手と耳とが交歓する。記憶と現実(身体)とが静かに結合するような、如何にもな初期小川洋子作品、ちなみにこれが第一長編のようだが。
小川洋子の作品には白が似合う。幻想的な空白という場所が、物語が進むにつれ、Yの文字や五感によって徐々に埋められていく。手(触覚)や耳(聴覚)、そして視覚は言うに及ばず、耳の裏からそっと匂わす香水(嗅覚)、Yがもってくる不思議な味のスープ(味覚)。静かに五感を刺激する物語が、「空白」を埋めると同時に現実へと回帰する。FIN
こうしたところを「余白」と表現したタイトルのセンスは素晴らしいが、「愛」と安直な表現に依ってしまったのがいささか残念ではあるのだが。

小指から親指へ、親指から小指へたどり着くと、もうそこが指の世界の終わりだった。それはどんな力でも歪めることのできない、完全な形で完結していた。