チャイルド44

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

実在のアンドレイ・チカチーロ事件に材をとったミステリ。このミス一位!という高評価も納得のオススメ。
共産主義とか社会主義とか、なんか某隣国を元に2ちゃん的なネタは蔓延している感はある(?)が、その国の歪んだ論理を内包したミステリというのもインパクトが大だ。ときはスターリン政権下のソ連、理想国家を体現している、が故に殺人事件は起こりえない。事件は国民たる資格のない知的障害者か、西側諸国のスパイに罪を押し付けて解決。保安警察から一度でも疑いを抱かれたらもう終りで、実際に有罪であるか否かは問題ではない。疑いを抱かれるという時点で、なにかしら罪を負っているに違いないのだから。
というファンタスティックな舞台設定に眉をひそめ嫌悪すべきなのだろうが、不謹慎ながらも笑いながら読んでしまった。「寝相が悪い→おだやかに寝れないのは、夢にうなされているから→つまり、何か秘密を抱えている→スパイ容疑で告発される」なんていうアホ論理がまかり通ってしまうのだから、読み心地は奇想小説かファンタジーのそれですよ。実際に起こったということは理解しつつも、それは否定できない。
国家保安省(KGBの前身)の敏腕捜査官レオは同僚の計略にはめられ、田舎に左遷される。その最中に全幅の信頼を寄せていた祖国に対する疑問が芽生え、また愛していると信じていた妻との関係の変化、負け犬の逆襲、終盤でのてんこ盛りのアクション……とごり押しのエンタメ。露骨に映画化を狙ったようなところがいささか鼻につくが、なかなか読ませる。
が、本音をいうと不満を感じた点もある。作品の魅力がほとんど舞台に依っているようで、中身は愚直なまでにハリウッド風ストレートなのが物足りない。ソ連という国の歪んだ機構を描いているくせに、物語に歪み・破綻・過剰さがないし、普通に読者の予想を何一つ飛び越えない単調さ。結局、説明的なところに頼りすぎな嫌いがあるのと、物語がベタすぎ……まあ、単純にハードルを高く設定しすぎただけかもしれないけど、やはり若書きっぽい。これから伸びるのは間違いないから、かなりの期待株ですが。
まあベタなりに一番楽しんだのは、アンチ・ロマンス状況下でのロマンス小説として。奥さんとの出会いの際に彼女の名を間違えて覚えていたという事実にレオはロマンスの香りに酔いしれているが、奥さんが捜査官に名を知られたくないだけに嘘をついていた……というエピソードは抜群に上手い。地味に泣いたぜ!

「彼らは無実です」
ネステロフはきょとんとした顔をして、レオを見つめた。
「彼らはみな有罪だよ。問題はこの中のどいつが殺人についても有罪かということだ」