晩年

晩年 (新潮文庫)

晩年 (新潮文庫)

太宰の自意識過剰で内省的なイメージに合わせて、家に篭って部屋の片隅でL座りをしながら読んだが、色々と間違いでした。太宰はユーモラスなポップ文学ですよ。
だいたい本を読むなら、作者と作品は別物としてまず味わわないと面白くないよ。その点、太宰は個性が強すぎるせいか、全くもって損な立場にいるとしか思えないけれど。それに加えて、太宰治は感情移入(共感)しながら読むもの、みたいな一般認識が強いのも嫌いです。そもそも読書における「感情移入」というのが苦手なのです、読書を安易な方へ押しやってしまいそうで。
という愚痴はさておきで、処女短篇集にして『晩年』という破天荒なタイトルの本作は一編一編に技巧を凝らした好短篇集。主人公が作家であったり画家であったりと、高等遊民的なデカダンの香りのする作品が多い。作品には常に漠然とした不安の影がさしているのだが、それをあの手この手とときには実験的な手法を使ってまで陽気に変えてしまうのが素晴らしい。登場人物たちが皆やけっぱちになりながらも、いずれの作品もタフなユーモアに支えられている。これを一流のユーモラストと呼ばずにどうする?

過度に自虐に走らず少年の劣等感を描いた「思い出」、野生の少女のイノセンスと成長を描いた「魚服記」はどちらも美しい抒情をたたえる本作の白眉。またビラ裏の良いとこ取りのスケッチ集「葉」、人並みはずれた仙術太郎・喧嘩次郎、嘘の三郎のやけっぱちな遍歴を戯画調に描いた滑稽な「ロマネスク」、主人公とは別に作者が介入して作品内でぐちる(?)実験的な道化の華……と傑作ぞろい。
技巧的な側面でのバラエティー豊かさに感嘆はしたが、どうしてもどの作品も同じような「匂い」がしてしまって、終盤だれたのも事実。大好き!と推しきれなく感じてしまったのは、淋しくもある。

石が這って歩いているな。ただそう思うていた。しかし、その石塊は彼の前を歩いている薄汚い子供が、糸で結んで引摺っているのだということが直ぐに判った。
子供に欺かれたのが淋しいのではない。そんな天変地異をも平気で受け入れ得た彼の自棄(やけ)が淋しかったのだ。