狙った獣

狙った獣 (創元推理文庫)

狙った獣 (創元推理文庫)

一昔前の小洒落た感じのサスペンスらしく、夜に珈琲をするりながらのんびり読む。窓の外の風景が特になんてことのないのが残念?
亡父の資産をもとに都会のホテルの一室で孤独に暮らすヘレンに、恐ろしい電話がかかってくる。彼女の友人を名乗る女性が悪意をむき出しに話し、最後にはヘレンの死をほのめかしさえするのだ。
と、もはや紋切り型と化した感すらあるサスペンス小説。ミラーは戦後のアメリカの栄華のダークサイドにおける小市民の姿を描く作家らしいが、本作に登場する人たちも一筋縄ではいかない。ヘレンは誰からも、家族からも好かれないし、相談役(探偵役にもなる)のポールからも醜い中年扱い。イカレタ母ちゃんもゲイの弟もろくなやつじゃない。こうした人物関係と自分の救いのない停滞のなかで、ヘレンの変身願望をはらみながら、脅迫者のエヴリンの姿に迫っていく。
ラストで意外などんでん返しがあるが、まあ今では普通にアリやな、と。巷でよくある類のサイコ・スリラーの嚆矢といった意味で重要なのだろうが、別にオチに意外性を期待するのはオススメしない。
むしろ登場人物たちの歪んだ内面を鋭くシンプルな文章で描く、文章の格調高さ故に、今でも優れた作品だろう。読んでいて一番目に付くのは、その比喩のセンスで、村上春樹ほど小癪にひねらずに美しい比喩をくりだすのが素晴らしい。ヘレンの手を「羊皮紙のようにざらざら」とするのはあんまりだが(笑)、最後の「血があまりにもきれいで、二度と結ばれることのない真っ赤な無限のリボンみたいだった」なんてのは殊にお気に入り。
最後のほうで、これがヘレンとポールのロマンスっぽい展開をみせるのだが、ちょっと不思議な終わり方をする。ロマンスか? アンチ・ロマンスか? といったところも、見所。

「おまえの罰は、そのままのおまえでいること。独りぼっちで暮らさなければならないことだ」

ところで、話と全く関係ないが、手元の本のデータ。
「1994年発行」「邦訳小説」「文庫で300ページ」という条件で「定価480円」。15年前なのに、こんなに安かったのか!?