流れよわが涙、と警官は言った

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

何年間も推敲に推敲を重ねたというけど本音は、これで推敲を?といった感じ。ストーリーテラーのディックにしては終始ぐだぐだしているし、後期のディックは妙に疲れた感があるとは聞いたけど、これもそうした後期ディックなのだろうか? でも、傑作。
誰もが知る国民的マルチタレントのタヴァナーが、ある朝目覚めると身分証明書がなくなり、世界の誰もが自分のことを知らなくなってきた。国家のデータバンクからも記録が消失したことで、警察から追われる身となってしまう。思わず「壁」でも連想してしまったが、奇妙な不条理設定の作品。
タヴァナーの存在は恋人の頭からも消えてしまっている。とりあえず、新たな記録証を求めて逃げ回るが、逃げる先逃げる先何故か女にもてる。とはいえ、フラグがたったー!! という楽天的な雰囲気には全くならないのだが、常に女性との「愛」観の相違が発生する。アンドロイドのためかどこか愛に異形めいたものを感じさせるタヴァナーと、愛にすがる数々の女性たち。ラストでは、ある女性を接点にタヴァナーを追うバックマン本部長の「愛」の形へと物語は収束する。
もう理屈もくそもなく、現実のギリギリの臨界点での愛の強さと賛歌に感動する。特にこれといった理由もなく、夜空を飛行艇で飛行し、深夜のガソリンスタンドで出会った男を言葉もなく抱きしめる、これはSF屈指の(というか、小説屈指の?)名シーンではないだろうか。泣ける小説なんて感動は凡庸だしときには小説への罵倒のようでもあるが、それでもこれは「泣ける小説」であると言わざるをえない。

男は未来や過去を思って泣いたりはしない。現在を思って泣くのだ。それでは現在とはなんだ?