軽蔑

アルベルト・モラヴィア『軽蔑』

ある日妻の心が変わって、次第に夫婦の距離が離れていく。愛の幻想が消えたとき、妻と夫は歩み寄れるのか? そんな愛と孤独とを描いた作品……と言われて、進んで手を出したいとは思わない。結局、合本の『マイトレイ』に比べて読むのが遅くなってしまったが、いざ読んでみたら非常に面白い。おバカな夫を視点に据えているせいか、どこか滑稽でユーモラスな味わいがある。
夫のリッカルドは妻の心変わりの理由を突き止めようと妄想を繰り広げ、妻のエミーリアに何度も申し聞きを試みる。読者のほうにはエミーリアの心変わりの理由がなんとなくわかるように描かれていて、それが劇作家志望のリッカルドが仕事のため妻を映画プロデューサーに提供した、わけではなくてプロデューサーが無理矢理妻に云々というわけで、そのすれ違いと思われる。一方で、リッカルドの考えは全く見当違いなのか、それも答えの一つなのか思考がぐるぐる空転するばかりで、傍で見ていて滑稽そのものである。
実際には、エミーリアの心変わりについて説明されるわけでは無いので、最後までその真相は読者にもわからない。が、それは大したことではない。一貫してリッカルドがおバカで切実な考えを繰り広げる展開にも、エミーリアの様子も変貌していく。始めは夫を愛していると言いつつも、後には心変わりをさらけ出し(つつも夫を半分無視し続け)、最後にはついにキレるのだ。この展開の妙と迫力は異様な凄みがある。
最終的に妻に逃げられたリッカルドだが、妄想の果てにはついに夢想へと物語は広がる。ついに誤解が解けて、妻とも今後も愛し続け……となった後で、それが夢だと明かされる。読者としてはただただ泣くしかないが、「愛」が最終的に幻想的なところに行き着く点が『マイトレイ』と共通していて、ちょっとおもしろい。
それと本作の前に『オデュッセイア』に目を通しておくのもいいかもしれない。映画脚本の仕事でその解釈を巡る不和で、リッカルドの弱さと人間臭さが表現されているので。

「あなたを軽蔑するわ」という短い言葉は、彼女がその愛をわたしにはじめて打ち明けたときに口にした、「あなたが好きよ!」と同じく短い、しかし内容のまるで反対な言葉と、同じ正当な響きをもっていることを、わたしは堪えがたい思いで味わった。