バルザックと小さな中国のお針子

バルザックと小さな中国のお針子 (ハヤカワepi文庫)

バルザックと小さな中国のお針子 (ハヤカワepi文庫)

子供の頃の乱歩や谷崎体験、それがイケナイものであればあるほど惹かれるし、そういったものに限って素晴らしかったりもする。こうしたものに恍惚とした覚えのある人も少なくはないだろう。まあ、それとは事情が全く異なるが、中国の文革の知識人が追いやられていた時期に、禁書扱いされていた西洋の書物、とりわけバルザックに魅せられた青年たちが本作に出てくる。
反革命分子の子として山奥で再教育を受けることになった「僕」と羅(ルオ)。そこで毎日田畑や炭鉱で汗水流す生活を送る。そこでひょんなことから手に入れた禁書のバルザック、その壮大な冒険譚を語ることによって、美しい仕立て屋の娘に学をつけ「再教育」しようとする。
この舞台となる村がろくでもない場所で村長始め皆バイオリンを見たことがない、時計も知らず神の信託かと思わんばかり、超のつくド田舎だ。こんなところで毎日肥料となるクソにまみれながら生活を送れば、文革に対する毒混じりのアイロニーになるか、最悪おもんない社会批判に終始しそうなものだが、作品は不思議なまでの明るさとしたたかなユーモア(と毒は少量)にちょっと驚かされる。
本は当然としても、映画も村にはない。のだが、麓でたまに北朝鮮アルバニアの映画上映があるので、「知識人」たる主人公が鑑賞してきて、それを村で「語り」によって再上演することがある。始めは唯々諾々としつつも、後には西洋嫌いの村人たちにこっそりとバルザックの話を聴かせるようになるといった次第だ。なかなかに強くたくましい、都会人ならではのしたたかさだ。
ここにバルザックを通しての、自由、知識、社会、そしてさらなる物語の世界への憧れがある。が、バルザックに何よりも魅せられたのは青年二人よりも、学のないお針子の「小裁縫」だった。男性よりも女性のが強いというクリシェめいたものをラストで感じずにはいられないが、個人的には痛快なオチと感じた。まあ、人によっては怒るかもしれないけれど……。

巴−爾−扎−克。中国語に訳されたこのフランス人の作家の名は、四つの漢字でできていた。翻訳とは魔法のようだ!