半島

半島 (文春文庫)

半島 (文春文庫)

「妙なものですね。遠く見えたものが案外近かったり、その逆だったり」
「僕はあの、お化け屋敷というやつが大好きでね」と迫村は言った。「ほら遊園地によくあるじゃないですか。真っ暗な通路を手探りで歩いてゆくと、いろんな仕掛けがあって、ヒュードロドロドロってね」

なんだい、こりゃ。どう見たって、江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」じゃないか。

勤めていた大学に辞表を出し、寂れた島に仮初の棲み処を求めた中年男の物語。島での生活は単なるだらだらとも、未来のための雄飛とも、なんとも言えぬままの暮らし。というだけで、特にあらすじらしいものはない。
が、このストレートに「パノラマ島奇談」を意識した(「国文学」誌の安藤礼二との対談でも語ってたけど)この島に妙な魅力がある。特に流行ることもないが味のいいベトナム料理屋やバー、どことも言えぬままに空間の広がっている温泉、地下には不思議な洞穴があり、地上ともゆるやかな繋がりが出来ている。「遠く見えたものが案外近かったり、その逆だったり」という奇妙な時空に歪みが生じており、単なる散歩が容易に迷宮散策に変貌し、ちょっと魅力的だ。ついでに酒を飲み歩くだけの優雅な生活に対する憧れもあるが、まだそこまで自分は爺ではないな……。
月が出れば己の影との対話がなり、影から叱責される。が、これを自分探しの物語と解釈すると、ちょっと面白くない。結局、この島で彷徨する己は誰かに見られている夢ではないのかという議論が出るに、この夢幻の歪みは頂点に達する。それでも己を喪失していくなかで夢の魅力と、いつか還っていく「近いは近い、遠いは遠い」という現実との絶妙なバランスが、現実と虚構との間を演出し続ける。

無目的な読書のお供にオススメする次第。ただ語りは濃密なので、好みは分かれるかもしれない。というか、こうした語りは結構好きだと思ったのだが、ちょっと生臭さというか苦手意識を感じてしまった。自分の文章の好みがちょっと見えにくくなった……というのは独り言。

「どうやら愉悦は、操ることより操られることの方にあるようで」