花模様が怖い

片岡ハードボイルドを8篇収録した短篇集、ということだが……。共通の探偵がいるわけでないこともそうだが、今の小説とメソッドが違うようで、ハードボイルドという印象とはまた異なった不思議な作品集。スタイリッシュでクールな筆致としては、ダシール・ハメットに近いかもしれないが、勧めやすい対象は現代文学好きではないかという感じもする。

「花模様にひそむ」という短篇にリヴォルバーよりもオートマティックが好きという女性が出てくるが、この無駄を排したシンプルさが文章によく表れている。ごてごてした形容や重たい主観描写などは無縁で、的確に情景を切り取ってみせる。この言葉遣いを「弾道計算のように厳密だ」とする堀江敏幸の推薦文も凄いが、センスよくクールでスマートでスタイリッシュだ(と適当な横文字を並べたくもなる)。

無駄にごてごて長い描写をしなことが特徴だが、情景を単純に色で表現することも多い。シンプルな白を基調に世界観を作っておいて、そこに夕陽や血を交えて、徐々に世界を赤に染め上げていく。このグラフィカルな色彩感覚も最近あまり見ないようで、片岡作品からは多くの驚きが得られる。

セレクトのテーマは「謎と銃弾」とのこと。なんらかの形で拳銃に関わる人物が主人公になるが、拳銃をもつものの圧倒的な存在感を与えるのが上手い。冒頭の「心をこめてカボチャ畑にすわる」は、ガス・ステーションと軽食堂を兼ねた店で働く少年と客との粋のいい会話を描いた作品。あらすじを紹介してもほとんど意味が内容にも思えるが、客一人一人の魅力と会話のセンスが絶妙。そして、「心をこめてカボチャ畑にすわる」ことの禅問答じみた会話と、少年の缶ビールを撃つことへの強い意志がクールだ。
一方で、「狙撃者がいる」「花模様にひそむ」の主人公は共に女性だが、前者は一方的な連続狙撃犯で後者は殺し屋。無駄に感情を交えないことで、強烈な虚無感が生まれている。前者の「理想的な時間の裂け目」とスリルを求める狙撃犯という造形は、ちょっと現代的にも思える。

他にも体験主義者の女性が夫の浮気調査を始める「彼女のリアリズムが輝く」など、ちょっと見た覚えのあるようでいて、読者の予想を変な方向へと飛び越えていく作品もよい。全体的にあらすじを描いても意味がないような、かっこよさがある。
ハードボイルドというとレイモンド・チャンドラー村上春樹原籙的なイメージが強いのだが、こういった作品があるのか……と新鮮な驚きだった。とりあえず、片岡義男コレクションは全部読もう。

「ほかに、おまえは、なにができるんだ」
「ほかに、というと?」
「この店をきりまわすほかに、さ」
「ビールを射ちます」