イエメンで鮭釣りを

イエメンで鮭釣りを (エクス・リブリス)

イエメンで鮭釣りを (エクス・リブリス)

砂漠の国に鮭が泳ぐ!? という奇想天外なプロジェクトに巻き込まれた水産学者のアルフレッド(フレッド)・ジョーンズ博士。イエメンの富豪からの依頼をイヤイヤながら受諾して(せざるをえなく)関わるも、この計画にはイギリス政府も絡んできて……と話が広がるうちに、政治的な波紋が広がっていく。
地理的にも文化・宗教的にも、「釣り」という文化に無茶ぶりがつきまとう。このプロジェクトに関わり、着実に進めていくという流れは面白い。が、奇想天外やバカネタを期待すると、少々肩透かしを食らう。そのようなネタ小説ではなかった。
むしろ希望や愛にも勝る、「信じる心」という相互理解と、人同士の距離感がクローズアップされている。フレッド博士はイヤイヤ「信じる」心を持ちながらも、次第にプロジェクトにのめりこみ生き生きとしてくる。一方、キャリア志向のリアリストな妻との距離は次第に広がっていく。ちょっとおつむの弱い首相と、それを操ろうとするお調子者の首相官邸広報担当。皆信じるものの相違によって、相手との距離はときに縮まりときに広がっていく。
手紙、メール、日記、新聞、インタビュー、未刊行の自伝といった文書の抜粋からの物語なのだが、この形式がユニークだ。人同士の会話ではなく、一方通行的な文書の通行を集積させることで、人と人との距離が巧みに演出され、その歩み寄り(ないし遠ざかり)や信頼が浮き彫りにされる。なかでもイラク戦争に向かった恋人の大尉への、相手が受け取るあてのない手紙などは、非常に切実だ。
「信じる心」を喚起するという、いまどき非常に「楽観的」ともいえる視点が珍しい。まあ、四の五の言わずにフレッドと愉快な仲間たちの珍計画を楽しむのがいい。如何にも英国らしいユーモア小説の佳品である。

私はそれを信じる、なぜならそれが不可能だからだ。