後宮小説

後宮小説 (新潮文庫)

後宮小説 (新潮文庫)

「シンデレラ+三国志金瓶梅+ラスト・エンペラー」云々という本だが、端的にいってよくあるタイプの「良いとこ取り」の本。だが、そのパッチワークぶりが堂に入っていて非常に面白い。
「腹上死であった、と伝えられている」という書き出しがユニークなものだが、槐暦元年に、先帝の後を継いで素乾国の帝王となった槐宗と、その正妃の銀河を巡る物語である。田舎娘の銀河が後宮入りを志願して、女大学で房中術を学んで、正妃の座を見事に射止め、反乱軍の鎮圧のために軍を指導し……といった流れが架空の史書を紐解きながら語られる、珍奇な虚偽史
如何にもな「良いとこ取り」のパッチワークというと印象は悪いものだが、この語り芸が非常に面白いので、それが全くマイナスにならない。いわゆる「正史」を淡々と語るだけの小説でなく、信頼に足りうるような史書や文献は山のようにあるが、それを幾つも組み合わせ、漢詩風の文章を「引用」し、ときには疑問をなげかけながら、それっぽい物語をでっち上げ、また「語り手」が自分でツッコミを入れるという奇妙な構成になっている。このことによって物語のバカバカしさが深まるのだ。
そもそも主人公の銀河にしても後宮を衣食住がふんだんにあるところと考えるだけの、ちょっと頭のイタイ田舎娘、とてもとても正妃になれるわけがない(一応、その理由はあるのだが)。脇を固める女大学の仲間や先生の面々にしても、やたらとキャラが立っている。どう考えてもバカバカしい物語に違いないのだが、そのバカバカしさを自覚したかの如き「語り手」の存在によって、本作が陳腐という意味での馬鹿馬鹿しいという感想を封じている。上手い。
酒見賢一自身のコントロールも見事だ。だいたい「房中術」だの「性の秘儀」だのといった噴飯ものの(あるいは、一部の人は眉をひそめるような)ネタを、普通にヒューマンドラマのように仕立ててしまうのだからすごい。
ファンタジー小説好きから、世界文学読者までと幅広い読者に自信を持って薦められる傑作。

歴史の面白さの一つは、時として、作り話のようなことが現実に起きたということを知ることである。〜(中略)〜
この時、銀河がやったことは十分に奇である。このくだりを記述した史官は楽しくて仕方がなかったのではないだろうか。