マイトレイ

ミルチャ・エリアーデ『マイトレイ』

なんとなく小説家としてのミルチャ・エリアーデというと幻想作家というイメージが強いのだが、これは自伝的なリアリズムの作品。青春小説であり、異国の女性との恋愛小説だ。が、これが幻想小説のようにも感じさせてしまうのが、エリアーデの筆力。これはすごい。
インドに留学したルーマニアの青年アランと、寄宿先のベンガル娘のマイトレイ。アランが後になって回顧するという形式で作品が語られるのだが、そこで当時の日記もときどき挿入される。ずっとマイトレイに翻弄されっぱなしのへたれっぷり、たまたま良いことがあったときの素直な喜び、それに対して「今」の視点から「完全な勘違いだった」と述懐する黒歴史の開陳……と、ずっと笑いっぱなし。
この作品の全ては、マイトレイの魅力に尽きるといっていいのではないだろうか。ルーマニアの若者からみても、インドはまったくの異世界であり、マイトレイも完全に理解を超える存在のように現れる。肌の色が違うというだけでなく、詩を吟じ、どこか世界や大気と交感しているようにすら感じられるマイトレイは、どこか哲学者か神秘家といった神々しさがある。国や宗教上のタブーを超えて二人が歩み寄る足取りはあやしげなものだが、そこに生の悦びと瑞々しさに溢れている。描写の一つ一つが豊かで美しい。
最終的に二人の恋愛は許されず、離れ離れになってしまう、とうに使い古されたべたべたな物語。マイトレイと別れたアランはそこからヒマラヤへと修行に赴く。過去を思い出し、悔恨するアランが月の照る夜に森の中で泣き叫ぶ、このシーンが素晴らしい。脳内にマイトレイを思い、夢とも現ともしれない世界のなか「チベットの神秘」へと触れていく。
どうやってアランが立ち直るのかというのが、終盤の見所なのだが、ここにきてノリはほとんど幻想小説のそれに近い。やっぱりエリアーデエリアーデだ。

「わたしは哲学者よ」とマイトレイはためらいなくすぐに言った。「わたしの好きなのは考えること、詩を作ること、夢みること」