スペインの宇宙食

スペインの宇宙食 (小学館文庫)

スペインの宇宙食 (小学館文庫)

神経症的な筒井康隆、いや大嘘。計算に基づいた(ホンマか?)筒井の文章に対し、その場のノリでビバップな状態で書きなぐったような饒舌なエッセイ集。その多くは美味しい食べ物と、可愛い女の子(と音楽も少し)についてぐぢゃぐぢゃと書かれており、菊地成孔の音楽のキッチュ・憂鬱・官能といった印象と文章の波長が妙に合う。ほとんど自分の中では小説として楽しんだ。

アメリカ・キッチュ文化大全的な『悪趣味百科』をアスピリン代わりにしているという書き出しから、そこから菊地はナボコフ『ロリータ』に目を向けるが、その視線が面白い。主人公のハンバート・ハンバートがロリータに買ってあげる品々を列挙して、「タイツやショート・パンツ。という部分が僕のピークであることは言うまでもない。人間の愚かさと虚無にしか興味のない神の如き視点のキューブリックが選んだタイツは全く魅惑に欠ける、おざなりな物だったが、ハーンバートの視線に完全に同化したかに見える変質者エイドリアン・ラインが選んだ水玉のタイツとオレンジ色のショート・パンツには心から敬服する」といった具合だ。ユニークでいて、鋭い。

やたらと無駄に横文字を並べたり、固有名詞を列挙する菊地の文章は安っぽいが、こそぺらさが非常に蟲惑的で素敵だ。少年期の千葉の歓楽街でのストリップ嬢との思い出、「結び目が睫毛のように処理された」リストカット縫合の痕、フェティッシュの記録、ダンスフロアの戦争の衝動……とひとつひとつの文章が嘔吐感を催すようでいて、キッチュの海に溺れることの快楽・官能・憂鬱に溢れている。美しくも醜く、あまりにチャーミング。

まあ、音楽家としての菊地ファン以外に楽しめる本かどうかはよくわからない。しかし、「ジャムバンドって何ですか?」という問いに対して、「内側にジャムを塗ったベルトのことです」と答えて、過去のキッチュ文化を紐解きながら、虚偽の文化史をそれとなく仕立て上げてしまうあたりは、あまりにバカで最高だ。缶詰を使った料理にお洒落でファッショナブルなイメージを打ち出そうとした本(実際にあったらしい、笑)についてのエッセイなども、やはりバカ。一昔、二昔前のアメリカを中心にしたキッチュ旋風に興味のあるなら、色々とツボなのではないかと思う。

文章のノリとしてはピュアで饒舌でインチキ臭くボリス・ヴィアンに近く思う(巻末に、ユリイカのヴィアン特集に収録された短篇小説が収録されているし)。名文家とは言わないが、この饒舌っぷりに笑いがとまらない。

知ってる? 今グルメ界なんて所ではさ、何が最先端か? 〜(中略)〜いや、あれはダメだったんだよ。スローフードだとかフーディングだとかいった、糞ハイプ極まりない流行輸入は東京では鬱病を発病しそうなほどコケまくったの。じゃあ何なの? えーとねえ。驚くなよ。僕は苦笑しながらわくわくした。それはね。スペインの宇宙食なんだ。いやだあ。あははははは。馬鹿みたい。ウソでしょ? うふふふふふ。でも、ちょっと良いわね。スペインの宇宙食って。トーマス・ピンチョンとか、ボリス・ヴィアンみたい。

文章のノリにあわせて、菊地成孔の音楽を聞くと、もうサイコー。