薬指の標本

薬指の標本 (新潮文庫)

薬指の標本 (新潮文庫)

薬指の標本と「六角形の小部屋」の二編を収録した中編集。小川洋子はことにフランスで大人気のようだが、表題作はそこで映画化されている。100分という時間に小川洋子のエッセンスが上手く凝縮されていて、なかなかの満足度(ただし、直接的な性描写があるのが大いに不満なのだが)。

薬指の標本
モノを捨てる快感、収集する悦楽。自分にとっての重荷となる記憶は、モノに封じこめ体から切りはなす。その「標本室」という設定がいかにも小川洋子らしいところだが、そこで生まれる対話と人とのつながりと、「物語」の封印/切断という行為が肉体的な想像力に支えられていて面白い。
事務員として接客をする「わたし」と、記憶を標本化していく弟子丸さんとが好対照だ。対話から一歩遠ざかり地下室で黙々と標本化を行う弟子丸に対し、「わたし」は彼の世界へと封じ込められていく。ラストで「薬指」の標本を頼みに地下室へと「わたし」は下りていくが、それはコトバとモノの出会う場所か、絶対的な「物語」の標本化か。静謐さと不穏さに満ちた不思議な作品。

「六角形の小部屋」
こちらも基本は「薬指の標本」と同じ作品。六角形の小部屋で独りで語ることで、身を軽くしていく。この情景も素敵だが、その効能が説明臭く語られているのが不満ではある。

この作品集が好きなら、長編の『密やかな結晶』と『沈黙博物館』は必読だろう。

「封じ込めること、分離すること、完結させることが、ここの標本の意義だからです。繰り返し思い出し、懐かしむための品物を持ってくる人はいないんです」