出てゆく

出てゆく

出てゆく

国を飛び出すこと/移動することといえば、池澤夏樹編集の世界文学全集に共通するテーマであろうか。しかし、本作における「出てゆく」ことには新たな天地を求めるような願望や肯定的な意味はなかなか見出せない。随分と奇妙な作品だ。

ロッコの青年アゼルは学があるにもかかわらず、職を得られずその日暮らし。閉塞感ただよう世界の中で、スペインに出てゆくことばかりを考える。そのためなら大富豪(もちろん男)の愛人になることもためらわず……となるあたりから、話が幾分重たさを増してくる。
物語の背景に社会や民族的なテーマはあるが、焦点はそこに向かおうとはしない。むしろ閉塞感に追い詰められていくなかで、アゼルが「出てゆく」ために「出てゆく」と言わんばかりに、思考が硬直化していく様には鬼気迫るものがある。短文を連続させるグルーヴ感がますますサスペンスフルに狂騒感を急き立てる。
結局、新たな国のスペインにも全く馴染めず、違和感を感じることばかり。アゼルの姉も追うようにしてきたが、アゼルほど悲惨ではないものの、決して楽天的な生活が待っているわけではない。また、富豪のミゲルまでが彼らとの暮らしの中で、宗派を変えることにもなってしまう。皆が皆、国や社会や性、宗教を飛び出していきながらも、より大きな「生」から「出てゆく」ことは出来ない……まるでダメ人間の群像劇のようにすら感じられてしまう。

物語はラストでフローベールドン・キホーテが登場し、メタフィクションとなる(ベン・ジェルーンの『気狂いモハ、賢人モハ』ともリンクしているようだが)。これが成功しているのかどうか、正直なところよくわからないのだが、物語の海を旅し続ける彼らは非常に楽しそうだ。望むべきは出てゆかないでもよい社会だろうが、旅をするなら彼らのようでありたいものだ。

出てゆく、出てゆく! なんとしても、どんな代償を払っても、溺れて、海面を漂い、腹が膨らみ、顔を塩に蝕まれ、目を失っても……出てゆく!