愚者が出てくる、城寨が見える

愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)

愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)

かつてポケミスで出ていたフレンチ・ノワールの一冊が、まさかの新訳で登場。アメリカの重厚なノワールに比べて、フランス産のはもっともっとオフビートでコワレっぷりが戯画めいている印象をもっていたが、期待に違わずなかなか楽しみました。

ある依頼でぼんぼんの子供を誘拐しようとする殺し屋の一味、このリーダーが胃痛でしょっちゅう吐いているという、いきなりのヘン設定。このキ印の一味と、子供のお守りのジュリーとの追いかけっこが物語の大枠(というか全て)になるのだが、このジュリーも精神病あがりのため行動がおかしい。逃げる途中で警察に助けを求めればいいものを、トラウマのため警察に頼らず自力で逃げる。その途中でもばんばん人を殺して逃げ回る。殺し屋よりもよっぽどタチ悪い。最後の殺し屋との対決もその悲惨さに反して、もはやスラップスティックにすら感じさせる狂熱具合。

こういったオフビートにすら感じさせる物語を、全く無駄なくクールに駆け抜ける文体が素晴らしい。現代の病魔と重たい筆致で描くことも、その黒々した登場人物たちに酔いしれることもなく、マンシェットは突き放した視線で一気に描ききっている。それが虚無的に感じなくもないが、文句なしに面白い一冊だと思う。

「警察には行けないの。だって、警察が怖いのよ。大っ嫌いなの、警察なんて。警察警察警察! 分かったでしょ! やなんだってば!」