たまさか人形堂物語

たまさか人形堂物語

たまさか人形堂物語

まあ、ほんわかとした表紙が津原泰水っぽくない。誰でも楽しめる「日常の謎」みたいな雰囲気に満ちている。人形がモチーフということで、帯に「テディベア、お雛さま、ビスクドール」とあるが、二話目のダッチさんを隠すあたりが流石は出版社というか……。まあ、文章は平易で誰でも楽しめる内容に仕上がっているが、内容は結構マジだったりする。津原泰水ファンは絶対見逃してならないし、初心者にも薦めやすい傑作だと思う。

リストラOLの澪と天才肌の人形マニア冨永、素性の知れない実力派の職人師村の三人で経営する人形屋の玉阪屋。そこに持ち込まれる人形は、そしてその持ち主は様々。自分とそっくりの顔をした創作ビスクドールの内に美の規準を見るもの、ラブドールを愛する男性。
彼らにとって人形は単なる愛玩物というだけではない。自分にとって最も大事なものを映し出す鏡となっている。ときには人形とその持ち主との境界は限りなく不明瞭でさえある。だからこそ、人形を修理する側も彼ら(人形と持ち主)の関係を読み取らねばならない。
一編目の「毀す理由」は何故人形を壊すのかというホワイダニット・ミステリに近い作品。依頼主にとって自分に瓜二つの人形は美の規準。それを毀すという行為は、自分の一番大事なところを破壊することでもある。そして、それを如何に《修理》が可能であるのか、非常にウィットに富んだオチをみせる大傑作だ。
「最終公演」は凄腕の人形劇団の公演を扱った話。マリオネットがマリオネットを操作しそのマリオネットがマリオネットを……しかし、全体のマリオネットを操っているのは一番小さな操られているマリオネットでは、という件は好きな人にはとことんツボだろう。人は人形劇のどこに一番目を見張るのかに、焦点は与えられる。これまたどんでん返しじみたオチがきまった傑作。

全体として連作短篇形式となっているが、一編一編のクオリティーはかなり高い。ホフマン「砂男」に代表されるように、幻想小説が何度も取り組んできた「人形」というテーマに、新たな傑作が加わった。

「――衛くん、人はなぜ人形を作るんだと思う?」
 渉くんの予言は当たった。衛くんはなぜわざわざ問うのかという顔で、躊躇の気配もなくこう明言したのである。「それに託して、力を継承するためだよ」