恐怖

恐怖 (文春文庫)

恐怖 (文春文庫)

筒井康隆のミステリ。まあ、『ロートレック荘事件』のような真っ当なミステリではなく、殺人事件を媒介に恐怖を様々な形で分析してみせた作品。とはいえ、やはり筒井康隆らしくリーダビリティの高いスラップスティックなバカ話として楽しい。

文化人ばかり暮らす町で連続殺人事件。被害者は常に文化人であることからも、自分も殺されるんだ……と作家の村田勘市は狂気へと追い詰められていく。死体を発見した瞬間に思考回路がシャットアウトするのかと思いきや、奇妙な方向へと凄い勢いで頭が回転する。それに体がついてこれずに村田がずっこける様は面白い。後も自分を安心させようとばかりに、夢分析的に、ハイデガーをもちだして哲学的に、メタフィクショナルなミステリ的に、生物学的に社会学的に「恐怖」の形を模索し続け……結局、コワレてしまう。やっぱりバカだ。
作品の後半になってからは村田の神経症的な記述が増え、なかなかオフビートな展開をみせる。村田の推理も『そして誰もいなくなった』を考えながら、最も「意外な犯人」は誰だろう?という妄想推理ばかりで、このちょっとピントのずれた感も魅力的だ。しかし、犯人は全く意外でもなんでもないという「意外な犯人」に決着するのだが、このミステリとしてのしょぼさは作品としては正解。

ミステリにフーダニットやハウダニットといったミステリ「らしさ」を求める人以外には楽しめる作品かと。しかし、筒井作品としては(近作のせいか)、筆致もドタバタっぷりも大人しい。現代の作品にあっては「恐怖」の追求の仕方がやや凡庸な気がしなくもない。

顔が歪んで、ぶるぶる顫える蒼い唇が引き攣っていらっしゃるわ。人相が恐怖で変ってしまっていらっしゃるわ。