文字移植

文字移植 (河出文庫文芸コレクション)

文字移植 (河出文庫文芸コレクション)

日本生まれ、ドイツ・ハンブルク在住でドイツ語での小説執筆もしているという多和田葉子による、翻訳(に関する)作品。

現代版聖ゲオルク伝説を翻訳するために「わたし」は火山島を訪れる。だが、一向に邦訳は進まず、結局〆切の日にまで追い込まれる。そこで苦心惨憺しながら文字を移し変えていきながらも、言葉よりも先に「わたし」が次第に変身してしまいそうに……。

多和田葉子は日本語とドイツ語との境目に絶妙なバランスで立っている。単純に二つの言語を使い分けるというだけではない。それが混じりあいもすれば、常に隔てられ続け……、この二言語の異様な関係を描こうとする。
「わたし」は翻訳を続けるが、それは限りなく逐語的に語を並べただけ(「において、約、九割……」というように)。そこに多和田なりの「本当に正確な訳などは存在せず、全ては誤訳に過ぎない」という翻訳観が見える。
それに対して、作家のほうは如何なる考えを抱くのか、翻訳をすることに次第に「わたし」は難儀を感じつつも、心の内からも外からも翻訳を阻まれていく。これは「翻訳」なのか「文字の移植」なのか……?

しかし、多和田本人の意思・立ち位置を表明した作品というように感じで、批評性は強いが物語性はかなり弱い。かと思いきや、最後に翻訳を完成させた(タイトルもないままに!)「わたし」がそれを郵便局へと届けようとするが、そこに聖ゲオルグ伝説から蘇ったものたちが夢とも現ともつかぬまに立ちはだかろうとする。この幻想的なドタバタ感が可笑しくて笑ってしまった。はたして翻訳の完成はされうるのか?

において、約、九割、犠牲者の、ほとんど、いつも、地図に、横たわる者、としての、必死で持ち上げる、頭、見せ者にされて、である、攻撃の武器、あるいは、その先端、喉に刺さったまま、あるいは……