エンジン・サマー

エンジン・サマー (扶桑社ミステリー)

エンジン・サマー (扶桑社ミステリー)

待望の復刊。一応SF小説としての紹介だが、帯には「幻想文学の名作」とあるし、舞台設定的にはファンタジーとしての側面も強い。少年の成長とイニシエーションを描いた作品でもあり……という辺りで興味に引っかかったなら、マストの傑作。

機械文明崩壊後に人々が如何に生きていくか。人間は皆<系/コード>によって分類されており、主人公の<しゃべる灯心草>は聖人になるべく、多くの人々との出会い別れを通して、「物語」を学んでいく。そして、聖人に連れられ天空都市にたどり着いた<灯心草>の回想譚として、物語は語られていく。

SFを読みなれていないこともあってか、この作品の凄さを伝えにくい……。様々な魅力が詰まったこの作品を、個人的には成長小説として一番楽しんだ。ロードノベルのように、あちこちを旅して不思議なものを視て、奇妙な物語を聴く愉しさ……<灯心草>の物語のなかに、また様々な物語が内包されているといった、ちょっとしたアラビアンナイトの形式。全て自分の知らないことばかりで、世界に触れることと未知なる物への不安が、極めてヴィヴィッドに描かれる。そもそも<灯心草>の旅自体、その指標となってくれる物は少ないこともあって、常に不安がある。そんななか助けとなってくれる少女の<一日一度>にしても、主人公などなんのそのと言わんばかりに、あちこち行ってしまう。淡い恋愛小説というより、ちょっとしたダメ男小説か?

機械文明崩壊による荒んだトーンも印象的だが、ラストにはちょっとしたサプライズ。「信頼できない語り手」とはまた異なるが、この形式に仕掛が隠されている。そして、それが明かされた瞬間、なんともやるせない思いにとらわれてしまう。最後の<灯心草>の語りにこめられた痛切な響きが忘れられない。と同時に、「物語に触れること」「それを記憶すること」へのクロウリーの深い洞察が垣間見える一瞬である。あまりに美しい結末である。

一筋縄ではいかない作品。それに、クロウリーも作品のあちこちにまだまだ仕掛を隠している節もあり、そういった意味では再読が楽しみ。作品の仕掛にも関係しているが、たしかに何度も何度も読み返したくなる(その必要がある)作品である。

「あなたがいないのに、どうしてあなたのことを考えられるの?」