ロクス・ソルス

ロクス・ソルス (平凡社ライブラリー)

ロクス・ソルス (平凡社ライブラリー)

小説(物語)としての体裁をなしているかというと、ちょっと微妙なところで……。そんなわけで、気軽に人に薦められる本ではないのだが、読んでいて笑いが止まらなかった。マッドサイエンティスト、モノフェチ小説好きには強くプッシュ!

本作を簡単に要約するなら、ロクス・ソルス(人里離れた場所)荘に住む天才科学者カントレル博士の奇想自慢。天才の考えることは一般ピーポーとは違うとはよく言ったもので、博士の発明品もわけのわからないものばかり。風力と磁力を元に大量の色とりどりの歯で絵を描く飛行船、呼吸をも可能にする水の中で髪で音楽を奏で続ける女性、生前一番印象深いシーンを延々と演じ続けるゾンビ、音楽を奏でるタロットカード……をいをい。これらの発明品の説明が延々と繰り返される……だけ。
そもそも博士の説明品も眉唾レベルにも達しないもので、歯に隠された磁力を発見云々、ある特殊な成分が云々……とSFでもなんでもない、ハッタリ理論の数々。無茶な阿呆な! と思いつつも、読者に突っ込む隙を与えない。読み心地はほとんど説明書か解説書の類なのだが、このバカバカしい奇想に笑い続け。

それで、物語性が全くないのかというと、無いこともない。その発明品を創るに至った経歴や、そのモチーフもまた懇切丁寧に説明される。アラビアンナイトではないが、多くの物語が脱線・並列されていて、そちらもなかなか読み応えがある。いや、むしろそちらの物語も分量的に長く、小説の本筋を完全に無視。

この奇想の数々も言語遊戯の産物らしいので、本作を完全に楽しもうとしたらフランス語に堪能しなければならない……という意味では、いささか残念。まあ、この作品を楽しむぶんには全く問題にはならないが。
押井守の映画『イノセンス』にもちょっと関連。確かにこういった奇妙な作品の映像化には、アニメーションが一番適しているように思える。といった意味では、本作に注目して『ピアノチューナー・オブ・アースクエイク』を製作したブラザーズ・クエイはえらい!

髪の一本一本は、水の鞘のようなものに包まれていて、少しでも動くと、流れる水とこすれあって振動した。こうして弦と化した髪は、その長さに従い、高低さまざまな音を発するのだった。