鍵のかかった部屋

鍵のかかった部屋 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

鍵のかかった部屋 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

ポール・オースターのNY三部作の最後を締めくくる作品。『シティ・オブ・グラス』の探偵クィンの名が言及されるというサービスは楽しいが、地の文で前二作とテーマは同じだと解説までしてしまうのは、いささか野暮ったい……。

ある人物がある人物を追ううちに、どんどん自分のアイデンティティが喪失していき、次第に相手とも同一化してしまう……という分身譚の変奏曲であるところは相変わらず。前二作に比べて、ストーリーの起承転結がわりと明確なこともあり、結構娯楽小説的である。また、ラストで彼岸へと消え去った主人公が、前二作とは異なり今作では再び現実には帰ってきてしまう。正直それが物足りないというのが本音だが、三部作のラストには相応しいオチ……なのか? そのわりにはアイデンティティの喪失にどこか清々しささえ感じる前二作に対し、これはなんとも悲観的な雰囲気が漂っているのは気のせいだろうか……?

突如失踪したファンショーは、作家志望のような形で多くの原稿を残していった。それを遺稿のような形で出版し大成功をするところから、幼馴染の主人公が伝記を書くために知人にインタビューするというのが大まかな流れ。常に追うものと追われるものとの間には言葉が介入し続ける。言葉を重ねても重ねても真実へと至らず、重ねれば重ねるほどそれが真実を覆い隠していく。ここでは小説を書くこと、言語の可能性と、アイデンティティの喪失が巧みに二重化されて描かれているのが興味深い。詩人でもあるオースターらしい取り組みだ。

ラスト、実は生きていたファンショーから新たなノートを主人公は渡される。それを一読した主人公が一枚一枚破りとるシーンに心打たれる。

言葉一つひとつはどれもみな耳慣れたものでも、その組合せ方はひどく奇異に感じられた。まるで言葉同士がたがいを打ち消すことがその最終目的であるかのような印象を受けた。