変愛小説集

変愛小説集

変愛小説集

編訳者の岸本佐知子の趣味が全面に出まくりの、変な恋愛小説集。
テーマは「変愛」とシンプルだが、作品の形は非常に様々。ヘンが全面に出まくりの抱腹絶倒話や、シュールな話、なんだかよくわからない怪奇風の話からちょっとしたスケッチ小説まで。好みの大小はあれど、この中から絶対自分のための物語が見つけられるはずだ、と自信を持って薦めたい一冊。

だが、本当はこのアンソロジーは「変」という縛りで薦めることには抵抗がなくもない。というのも、発端は変な瞬発力を見せるのだが、始めだけ面白いの典型にとどまることなく、物語を「持久力」で発展させていく手際が面白い。
どれも作者の、また登場人物の「愛」に対する視線がピュアで気持ちのよいまでに一本槍なのである。だから、愛する対象や愛し方が変であっても、恋愛小説としての核を決して見失うことはない。同時に、恋愛に対するグリップが並外れて強い。
だからこそ、変でありながらも、非常に清々しいまでに愉快な小説となっている。やはり最高に面白い。

アリ・スミス「五月」
木に恋する少女の話。とにかく木に対する一途で透き通った視線が心地よい。
途中から木に恋人を奪われた者へと視点が移る。こちらは失恋小説として感傷的になりながらも、相手へと向ける視線に一切のゆらぎが見られない。

レイ・ヴクサヴィッチ「僕らが天王星に着くころ」
突然人々の体が宇宙服に変わり、天へと浮き上がってしまう。それによって恋人を天に奪われようとする、へたれ男の恋物語
この奇妙な病気に関しては、特に説明はされず。恋人の病気をなんとかしよう、なんとか一緒に行こうとい、男が次々と案を考えるあたりは痛ましげでありながら、どこか可笑しい。最後の一文のセンスが最高に素晴らしい。一番気に入った作品。

同「セーター」
男は恋人からもらったセーターのなかで迷子になってしまう。セーターの中での一瞬の戸惑い、一方の女性は何を考えているか等々、小さなセーターが無限の広がりを見せる。
この作者非常に気に入ったので、是非とも短篇集一冊丸ごと出して欲しい。

ジュリア・スラヴィン「まる呑み」
男がある女性にまる呑みされてしまう。が、特に慌てることもなく胃袋の中でのんびりとする、この飄々としたユーモア感がいい。女性の腹筋とセックスしたり、結局そんなしょうもないことしか考えてない男と、夫をもつ身としての女性の苦悩との対比を描きながら、とにかくバカバカしいの一言に尽きる。

ジェームズ・ソルター「最後の夜」
かなり救いのない話。このアンソロジーの中では、かなり異色の部類に入る作品だろうか? 短い分量の中での、文章の密度や無駄の無さが、強烈な切れ味を出している。戦慄すべき一編。

イアン・フレイジャー「お母さん攻略法」
タイトルのまんまのスケッチ小説。んなアホな! なるほど……? この二つの感覚を微妙に内包した、奇妙な一編。

A・M・ホームズ「リアル・ドール」
妹のバービー人形に恋する少年の話。バービーの奔放さにドキドキと戸惑いながら付き合う少年のセンチメンタルな感じが印象深い。と思いきや、妹が裏でバービーを虐待したり、少年がバービーの恋人のケンと恋をするようになったりと、物語が斜め横に伸びていく点が、とにかく笑えて仕方がない傑作。

モーリーン・F・マクヒュー「獣」
謎の獣の正体が明かされるわけでもなく、なんじゃこりゃ! という感じ。でも、地味にインパクトは強い。

スコット・スナイダー「ブルー・ヨーデルふられた男性が、飛行船で動き続ける元恋人を追いかける話。少々粗削りな感じがしなくもないが、それだけに追いかける男の想いはダイレクトに伝わる。追う最中で出会う変な物物も含めて好感触。

ニコルソン・ベイカー柿右衛門の器」
ちょっとしたオチのある話。であるだけに、このアンソロジーとしてはわりをくってる気がしなくもないが、アメリカ作家で「柿右衛門」というギャップも含めて、ちょっと愉快。

ジュディ・バドニッツ「母たちの島」
戦争の傷跡を抱えながらも、「母たち」だけで暮らす島。ある日、そこに男が紛れ込んで……。いささか象徴的な作品でもあるが、この奇妙な舞台で「愛とは何か?」にバサバサと切り込んでいくあたりが、恐ろしくも目が離せない。
最後に主人公が島を出んとするところからも、ラストをかざるに相応しい佳品。

これらの物語は、変愛小説であると同時に、案外うんとピュアでストレートな純愛小説であるのではないか