ロリータ

ロリータ (新潮文庫)

ロリータ (新潮文庫)

言葉の海。言葉の奔流。この異様な文体にとにかく圧倒されてしまう。
とはいえ、訳者の若島正氏も原文を生かして、わざととっつきにくいような文章に訳したといっているように、さらっと読めるような作品ではない。が、このもの凄い饒舌な語り口に一旦ノッてしまえば、あとはページをめくるのももどかしくなるような読書体験が待っている。
旧約版と読み比べたわけではないが、この一筋縄ではいかないニンフェットなロリータ像を新たに描き出した、新訳『ロリータ』はとにかく面白いの一言に尽きる。

まあ、異様な饒舌といっても、実際のところ大半は語り手ハンバート・ハンバートによるロリータを褒め称える文章に過ぎない。が、物語全体を俯瞰してみると、流れや節がしっかりと組み上げられた精緻な小説のようである。

はじめはハンバートがロリータに出会い、母親の殺人を画策するサスペンス小説。そこからロリータと共に、アメリカを放浪するロード・ノベルへ。さらに、最後はロリータ誘拐事件をめぐるミステリ仕立てへと、小説のイメージは次々に変貌する。それと同時に、ロリータは徐々に年を重ね、本音をハンバートにさらけ出していくのだが、そこで単なる倒錯的な幼児愛を描いていた作品が、ロリータに弄ばれる中年の悲痛な愛を描いたものへと傾いていく。
この展開の仕方が絶妙で、要所要所に山場を設けるあたりも上手い。特にラストのハンバートが崖から下を眺めながら述懐するシーンは、この小説を締めくくるのに相応しい名シーンだ。

そして、読後に訳注を読むことで、この作品に隠された謎が表れる。また、些細な点でも不明なところは多い。「人はナボコフを読むことはできない。ただ再読することができるだけだ」という言葉もあるが、いずれ再読をば……。

ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂。ロ・リー・タ。舌の先が口蓋を三歩下がって、三歩めにそっと歯を叩く。ロ。リー。タ。