龍宮

龍宮 (文春文庫)

龍宮 (文春文庫)

裏のあらすじ紹介の通り、「人と、人にあらざる聖なる異類との交情」を描いた作品集。その異類が、蛸であったり神であったり、モグラのような生物であったり……人にあらざるけれども、それが何なのかをはっきりと明示していないことが多い。

しかし、人でないものから人を相対的に眺めるというよりは、むしろ人も人でないものも似たようなものとして扱われている。人でないものも、ちょっと裏を覗いてみたら妙に人間臭いというように。この両者を隔てる垣根も、読み進めるごとに徐々に曖昧になっていく。
この奇妙な距離感のとり方が絶妙という他ない。

それは一編目の北斎を読むと、それが如実に伝わってくる。
妙に人間臭く生々しい(けれども嫌な感じはしない)蛸を自称する人間のようなものと飲み歩くうちに、どんどんぐにゃぐにゃしていく話。特に何かがあるわけではないのだが、この蛸のホラ話やぐにゃぐにゃとした感覚が次第に楽しくなってくる。

「鼬鼠」のように、モグラ(?)から人間の疲れた姿を描いている話もあるが、そこに寓意のようなものを読み取るよりは、ただ起こる事象を淡々と追うほうが正しい気がする。奇妙な異世界での「私」の遍歴を描いた「轟」にしても、異様な遍歴が淡々と語られるだけ……だが、この語り口と共にするりと体内に入ってくる。

日常と非日常という隔てがありつつも、それがどちらでもいいと感じさせる不思議なスケッチ集。この荒唐無稽で不思議な世界観を、単に不思議なものとして楽しみたい。

今こうしている自分は何なのかといえば、これも一組の目鼻とぐにゃぐにゃした体を持った、そぞろ歩きのものである。