プロジェクト宮殿

プロジェクト宮殿

プロジェクト宮殿

ロシアのコンセプチュアル・アーティストの作品集。作品自体はトータル・インスタレーションになっているのだが、そのネタをまとめたイラストレーションとテキストから纏められた作品集。読み心地は65から成る短篇集(掌編集)といった感じで、幅広く薦めたい本。
この「プロジェクト」なるものは、主に「世界を変革し改善する」ことで自分が幸せになることが目的となっている。といっても、そんな極端に革命家じみたユートピア思想があるわけではない。いや、カバコフ夫妻の根っこにあるのはそれなのだが、作品自体は日常から半歩ずれ込んだ妄想を無邪気に楽しんでいる節がある。また、作品は市井の人々のアイデアを夫婦が収集して再話する、という体裁となっている。
一章は「自分を改善する方法」。自分が不幸なのは何故か、どうすればもっと他人に優しくなれるか、ヒステリーをどうすればいいのか、といった素朴で普遍的な問いからの脱出法だ。天使の羽をつけて部屋にこもる、床に穴をあけて部屋を宙に浮かしてみるといった珍奇なアイデアから、ボロに身をやつして不幸を体感する、タンスにこもって集中力を高めるといった他愛ないものまで、まあ様々。
珍妙なアイデアの数々ながらも、その説明が無意味に凝っているのが楽しい。「上をみあげて」では上を見ることの重要性を説いて、人が日中の42%をまっすぐ前を向いて、56パーセントは下を向くのに対し、上を見ることは2%に過ぎない、と胡散臭い実験内容を引き合いに出す。作品によっては、ポールと人と詩集といった小道具で磁場を発生させる、とヒドいもの(笑)まであるのが楽しい。
全体に共通していえるのは、日常からちょっとずれた奇想天外なアイデアの数々を、頑張って後付理論で武装したような、とぼけたユーモアが味。結構SF的なアイデアに依ったものが多いのだが、その発想源はニューウェーブSF的な妄想力に近いのではないだろうか(まあ、そっちはあまり詳しくないので適当だが)。
個人的なベストは「白い小びとの物語」「天使に出会う」。前者は自分自身の魂に向き合って対話/物語を書くという小説家とも宗教家的な体験となっている。だが、その体験の最中に意識のなかに白い小びとが滑り込んできて、部屋のあちこちに現れるという、ムチャブリなトランス体験(笑)。後者は天使に会うには海抜1200メートル以上の場所で、かつ助けを呼びたくなるくらいやばいところでないといけない、だからどんな突風にも耐えられるはしごを作って、その上空で天使を待ちましょう、というもの。「どうにもこうにも自分の天使と出会わないわけにはいかない危機的な瞬間をつくりだしてしまう」って、どう考えても死亡フラグなんですけどwwww。

二章の「世界を改善する方法」ということで、地球全体に「エネルギーを均等に分配する」プロジェクトや、無重力装置で宙に飛び出す「地上になんてすめない!」、あるいは天井や壁だって走れる「どこでもマシン」と、もうちょっと外に目を向けた大規模なプロジェクトの数々。一章よりはマシなSF風……というか、やっぱり変かも。
三章はそのような「プロジェクトの発想を刺激する方法」となっている。あまりその企画自体に興味のない人と対話し説得することで、脳髄を必死に刺激する方法や、ホワイトボードの活用の仕方など、実際にビジネス・シーンにも通じるような(?)作品がないわけではない。が、やっぱり「天使に出会う」方法のように、ムチャブリな状況に自分を追い込むことで、脳髄を刺激するという発想は相変わらず(笑)。

こんなプロジェクト実践できるかい!というものも多いが、このイラストを眺めながら、こんなおバカなことを考えるのにマジメな人がいるんだなと考えるだけで、幸せな気持ちになれるのは間違いない。いや、素敵な本だ。

けれども私は確信しています。人間らしい価値ある人生をおくる唯一の手段とは、自分のプロジェクトをもつことであり、それを考えだして実現しようとすることなのだ、と。