崖の館

崖の館 (創元推理文庫)

崖の館 (創元推理文庫)

長いこと積んでいて読むのが遅れてしまった一冊。大概が佐々木丸美に対して「少女趣味」と形容されるが、それはある意味では正しい。この作品は主人公の涼子の視点で、「ホカホカ」「ゴロリ」といった擬音語や「お部屋」「おすわりする」なんて可愛らしい接頭語までついている。ここに漠然とした苦手な思いを抱いて読むのが遅れてしまったが、いや、素晴らしい作品であった。結構なアタリ作品。
内容があるのか無いのかといった次第に改行多くさらさら流れるガールズ・トーク(というと全く異なるが。実際、作中からは恋愛の性的な側面はオミットされているし)、あるいはパステルナークやリルケやあるいは芸術観についての青臭いペダントリーと饒舌。文章はふわふわと軽く流れるも、ときおり不安定な涼子の心の内に潜ると、一気に物語の重力が増す。他者への信頼と不安とがないまぜになって、涼子の心象風景はどこまでもドロドロに濁っていき、読者を置いてけぼりにせんばかりの勢いでだらだらと流れていく。エピソードの作り方も上手く、一気に読んでしまった。
そういった両者と共に、シークエンスを繋ぐごとに現れる情景描写のポエジー。「遠く暗い地の果てからおしよせてくるうねり、潮に乗って殺意のメロディを奏でる海の竪琴」といった感じで、詩的や抒情的というよりは、どこか幼げな視点を思わせるポエムとように感じる。現実を離れて完結したような「崖の館」の雰囲気が上手い。
密室殺人、絵画の消失といったミステリ的な要素もあるが、以上の要素を描くための手段程度で、それを期待して読むのはオススメできない。軽やかな少女趣味と、濃密な心象とが異様でパラノイアックなグルーヴ感を作り上げていて、思い切り没頭して読んでしまった。《館》三部作を早く読もう。

私は今、あなたの死を哲学しています。由莉ちゃんが死んで私が生きている。この頼りない事実をとらえたならば私とあなたの境には一枚のうすいガラスがはめこまれているのです。