アムステルダム

アムステルダム (新潮文庫)

アムステルダム (新潮文庫)

英国で最も権威のあるブッカー賞受賞作。現時点でマキューアンの代表作の一つということでいいのかな?

ロンドン社交界の花形モリーが痴呆症で亡くなる。二月の寒々としたなか、葬儀の火葬場から物語は始まる。モリーが残した写真のため、その元恋人であった英国を代表する作曲家、大新聞社の社長、首相の座を狙わんとする外務大臣が、徐々に転落の一途をたどっていく……。

マトモな方へ物語は展開しないだろうな、というのは大方予想がつくが、最終的な結末まで予測出来る人はいないだろう。徐々に三人の関係が歪みはじめる展開も読みどころだが、最終的には見事なまでにイヤなオチへと流れ込む。

三人とも社会的に成功した人であろう。また皆がスキャンダルの写真に関与しているわけではない……のだが、他者の影響を受けるようにして、皆正常な判断を無くしていく。彼らは意図して他者を蹴落とそうと考えているわけではないのだが、読者には完全な足の引っ張り合いであるかのようには錯覚させられてしまう。皆必死に運命に抗おうとしているのはわかるが、もはやブラックジョークのように感じられてしまう。
作曲の神が舞い降りた、その瞬間……。新聞の特ダネを発表できる、その瞬間。今こそ飛躍のとき、というその瞬間、他者からの横槍が入り、それが絶望への入り口となる。良く出来たコメディの骨法がこれでもかと言わんばかりに繰り返される。

この全く救いのようのない物語が、端正で格調高い文章でつづられることで、作者の冷徹な視線に凄みが増しているようだ。はたしてマキューアンの意図は批判にあったのか、ジョークにあったのか……。

痛い賛辞というのもあるものだ。しかしクライヴは長いあいだ生きるうちに賞賛を受ける方法を身につけていた。