シティ・オヴ・グラス

シティ・オヴ・グラス (角川文庫)

シティ・オヴ・グラス (角川文庫)

ポール・オースターのニューヨーク三部作の第一作。柴田元幸訳の『ガラスの街』もあるが、雑誌「Coyote」に掲載されたのみ。あれを文庫に落としてくれないものか……。

ウィリアム・ウィルソンペンネームをもつ作家ダニエル・クィンがひょんなことから探偵ポール・オースターに間違われて、ある男の尾行の仕事を受ける。と書くと、ちょっとユーモアがかったハードボイルド小説のようにも思える。が、実際はそのような期待は完全に裏切られる。

ミステリならば知識の増大や状況の把握といった様に、物語のベクトルはプラスに向かう。が、本作では事件は一切起きず、ただただクィンそのものが失われていくことのみが描かれる。

ウィリアム・ウィルソン」自体、分身譚であるポーの作品名であるように、本作に登場する人物は皆誰かの分身である。しかし、それは特異なことでは全くなく、ある運命的な象徴のようでさえある。

主人公のクィンに限らず、皆NYの影に翻弄され、ただただ迷い続ける。ラストではクィンは金も家も地位も全て失い、自分が何者であるかもわからなくなり、読者にはその生死さえ定かではない。そこから、探偵行のなかでクィンは何かを発見したのだ、というような楽観的なオチは全く期待出来ない。描かれるのは、単なるクィンの「非在」にすぎない。が、それも悲劇的な結末というわけでもなく、ある種の清々しさも感じてしまう。

現実に息苦しさを感じたときに読みたい、楽しい迷子小説。

ニューヨークは果てしのない空間、出口のない迷路だった。どんなに遠くまで歩こうと、またどんなによく隣人や街路を知るようになろうと、彼はいつも自分が迷子になった気持ちがした。〜(中略)〜どこにも存在しないこと。ニューヨークは、彼が作り上げた非在の場所だった。そして彼は二度とニューヨークから離れられないと思った。