シティ・オヴ・グラス
- 作者: ポール・オースター,Paul Auster,山本楡美子,郷原宏
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1993/11
- メディア: 文庫
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ポール・オースターのニューヨーク三部作の第一作。柴田元幸訳の『ガラスの街』もあるが、雑誌「Coyote」に掲載されたのみ。あれを文庫に落としてくれないものか……。
ウィリアム・ウィルソンのペンネームをもつ作家ダニエル・クィンがひょんなことから探偵ポール・オースターに間違われて、ある男の尾行の仕事を受ける。と書くと、ちょっとユーモアがかったハードボイルド小説のようにも思える。が、実際はそのような期待は完全に裏切られる。
ミステリならば知識の増大や状況の把握といった様に、物語のベクトルはプラスに向かう。が、本作では事件は一切起きず、ただただクィンそのものが失われていくことのみが描かれる。
「ウィリアム・ウィルソン」自体、分身譚であるポーの作品名であるように、本作に登場する人物は皆誰かの分身である。しかし、それは特異なことでは全くなく、ある運命的な象徴のようでさえある。
主人公のクィンに限らず、皆NYの影に翻弄され、ただただ迷い続ける。ラストではクィンは金も家も地位も全て失い、自分が何者であるかもわからなくなり、読者にはその生死さえ定かではない。そこから、探偵行のなかでクィンは何かを発見したのだ、というような楽観的なオチは全く期待出来ない。描かれるのは、単なるクィンの「非在」にすぎない。が、それも悲劇的な結末というわけでもなく、ある種の清々しさも感じてしまう。
現実に息苦しさを感じたときに読みたい、楽しい迷子小説。
ニューヨークは果てしのない空間、出口のない迷路だった。どんなに遠くまで歩こうと、またどんなによく隣人や街路を知るようになろうと、彼はいつも自分が迷子になった気持ちがした。〜(中略)〜どこにも存在しないこと。ニューヨークは、彼が作り上げた非在の場所だった。そして彼は二度とニューヨークから離れられないと思った。