イギリス恐怖小説傑作選

イギリス恐怖小説傑作選 (ちくま文庫)

イギリス恐怖小説傑作選 (ちくま文庫)

南條竹則の編集による、英国正調怪談のアンソロジー
個々の作品のラストに強いひねりや「変」なところがあるわけではないが、如何にもなストレートな怪奇小説が並ぶ。粒揃いで非常に楽しい。

幽霊、ファム・ファタル、呪われた館……と共通テーマの作品が幾つか並んでいる。が、作者が如何に読者を効果的に怖がらせようとしているかというと、それらのテーマの描き方は皆違う。そして、それは主に「如何に書くか」と「如何に書かないか」という二つに問題がしぼられる。

巻頭のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「林檎の谷」では、舞台となる谷間と謎の「ファム・ファタル」が美しく描かれる。他にもマージョリー・ボウエン「罌栗の香り」でも、辺り一面の罌栗(けし)が圧倒的なまでに描かれている。長編の序章のようで物足りなさ(語り不足)を感じてしまう、ジョージ・ゴードン・バイロン断章」にしても、ラストである男が死んで様変わりしていく描写など、異様な熱気に満ちている。

その一方で、エクス=プライヴェート・エクス「見た男」では、何を見たのかについては限りなく不透明なまま話は閉じてしまう。呪われた館もののH・R・ウェイクフィールド目隠し遊び」やアルジャノン・ブラックウッド「窃盗の意図をもって」は事態がどんどん異様な方向に転がっていくにも関わらず、その事態の変化については何一つとして語られていないといってもいい。まさにウェイクフィールドのタイトルのように、読者もまた「目隠し」をされている。

だからこそ怖い。
読者は常に作中人物に視点を重ねる他ないのだ。しかし、妖しくも不可思議なままの描写から掬い上げられる事態を、ただ想像でおぎなうことしか読者には許されない。また、イメージを鮮明なまでに描くことに筆を費やした作品の風景は圧倒的でもある。

個人的には後者の作品が特に好み(他にもアーサー・キラ=クーチ「蜂の巣箱」など)。短篇だけに物語の焦点は一点にしぼられていることもあり、この緊密で流麗な文章を集中力を欠くことなく楽しむことが出来る。