夜啼きの森

夜啼きの森 (角川ホラー文庫)

夜啼きの森 (角川ホラー文庫)

岩井版『八つ墓村』というと御幣がありそうだが、かの有名な「津山三十人殺し」に材をとった作品。

しかし、そういった興味で読むと、少々当てが外れるかもしれない。本作は五部構成になっているのだが、いずれも犯人である「糸井辰夫」の視点から描かれていないのだ。また、章ごとに視点は移るのだが、常に「辰夫」が物語の焦点にいるかといえばそうとも言い切れない。岩井が描こうとしているのは、「辰夫」が犯行に至るまでの狂気の道筋を描くのでなく、このような事件を生み出した村全体の冷やかな狂気を描いているのだ。

また、この歪んだ共同体だけでなく、霊的な力を持つ森を日本的な土壌としても描くことで、ある意味では最後の「辰夫」は村に救いを破滅をもたらすエクス・デウス・マキーナのようだ。村の中には、「辰夫」を嫌っている者ばかりでないことも関係している。読者がこの村の澱んだ空気を嫌というほど味わった後となっては、ラストの凶行は壮絶であると同時に、爽快ですらある。それがまた、恐ろしい……。

あえて犯人の側から出なく、村の共同体と霊的な森とによる、別の切り口で「津山三十人殺し」を描いたことが、本作の最大の魅力であろう。

誰もが期待しているのだ。一息に楽になれる破滅を。破滅に導いてくれる荒神を。退路を断たれることは逆に捨て鉢な猛獣になれることだ。