蘆屋家の崩壊

蘆屋家の崩壊 (集英社文庫)

蘆屋家の崩壊 (集英社文庫)

軽妙洒脱にして闊達な文体にぐいぐい引き込まれる。
独特のユーモアをさらりと醸し出しながらも、しっかりホラーとして読者を恐怖の底に落としこむ。
少々長めの文章に読点を多用することなく、テンポよく自然に読ませながら、ときにはイメージが暴走したような幻惑感をも描き出す。とにかく本作の魅力はこの文章の魅力によるところだ大きいだろう。

が、短篇集としてのバランスも忘れてはならない。
異なった動物たちを様々な切り口から描き分けることで、上手い具合にバラエティーに富んだ作品集に仕上げているのだ。

一編目の掌編「反曲隧道」はオーソドックスな怪奇実話系の作品。ながらも、いつの間にか世界を「異界」へと変貌させながらも、体言止めでぶつ切りに止めてしまうラストに、戦慄を覚える。一編目の作戦がちか。

以降も、妄想ストーカー譚「猫背の女」や、ミステリ仕立ての珍作「カルキノス」、都市怪奇小説超鼠記」など落し所が絶妙な作品ばかり。
ラストの「水牛郡」では、幻想が絶望的なパラノイアな頂点に至ると同時に、地獄巡りの出口をも開かせるという、強烈な魂の慟哭を描き出す。

まさに妄想止まるところを知らず。
連作短篇集として、酔いしれるように読みふけりたい一冊だ。

「書けません」おれはフロントグラスに目を転じた。自動車が揺れるたび、ギプスのなかで骨が痛んだ。精神の痛みよりは遥かにましだった。四方八方に弾け飛んでいく朝の霧と、別の速度で飛び去っていく森の景色を、いつまでも凝視していた。